作品紹介
作者のことば
浮世絵版楓画の世界では「右から左に」というコトは基本的にあり得ない。
必ず、彫師、摺師の解釈が介入するのである。
イイ例が北斎の浮世絵版画であろう。
(フジワラヨウコウ・ブログ「夢幻空想綺界画帖異録」から)
今回、我々は「21世紀に向けた印刷出版文化の再評価と、未来への展開」を主旨として、この作品を制作した。特に、アート印刷工芸社さんは、会社一丸となってボクのデータを「印刷じゃないと真価が発揮できないモノ」として、試行錯誤をいただいた。最終的にはこのような形になったのだが、アート印刷工芸社さんは、この最終型に至るまでに、途方もない努力を惜しまずに尽力してくださった。ボクが見た限りでは、5~7種類ぐらいの印刷をしてくださったのだが、ボクが見ていないモノも多数存在する。
このプロジェクトは、従来の印刷とは異なるアプローチで行われている。従来の印刷は、「再現性と、限られた時間内に納入する」というのが現状である。何度もブログで言及しているが、これは大量生産大量消費という「経済効果」をベースに生まれてた工業手法である。だが、印刷物には印刷物にしかない魅力もある。決してモニターで見るモノが全てではないのだ。
これまた、このブログで何度も言及しているように、印刷という極めて繊細であり、印刷でないとできない表現というのが実在する。江戸期の浮世絵版画が、その最たるモノであろう。浮世絵版画の世界では「右から左に」というコトは基本的にあり得ない。必ず、彫師、摺師が介入するのである。イイ例が北斎の浮世絵版画であろう。
北斎の肉筆画をご覧になったことがある人なら分かると思うのだが、北斎の肉筆画は、独特のけばけばしさと下品さ、粗野さがある。だが、彫師、摺師が介入することによって、あの洗練された美しい線が生まれるのだ。なぜこうしたことが許されたのか? 答えは簡単である。北斎の版下絵に対する深い理解と、より良い”アガリ”を彼らが考えるからであり、それを北斎が認めていたという事実である。言い方を変えれば、浮世絵版画は、文字通りのチーム作業で、互いのコミュニケーションを通じて、より優れた印刷物を生み出そうとした土壌が、浮世絵版画という世界に、類を見ない印刷物を日本から生み出した。
DTPが普及してから、印刷現場におけるこのような考え方は急速に消え去っていた。その結果、生み出されるのは巨大な輪転式プリンターによるプリントアウトに過ぎないと極言してもイイ。人が介在せずに、オペレーションによってデータを右から左に流すのだから、こうした事態が起こるのは当然の結果と言ってもよかろう。
だが、その結果、我々は多くの犠牲を払ってしまったことを、ここに宣言する。
印刷のメイン・ストリームは、無製版オンデマンドプリントへ移行するだろう。が、このロード・マップが示すのは、最終的な「印刷物の死滅」である。実際、ほとんど虫の息になっているのだ。ほんの20数年前まで、ごく普通に行われていた高度な製版技術も刷版も、人が介入することによって、はじめて成立していたのだ。逆の言い方をすれば、「便利さにもたれかかって、人が思考を停止している」のが現状である。「そんなことはない」と、現在、現場にいる人は不快の念を示すだろうが、アナログ製版時代の職人技は、デジタルでは再現できない。当時の現場を見ていない連中に文句を言われる筋合いはない。あの時、確かに人が人として、モノと正面から対峙していたのだ。
だからと言って悲観することはない。まだまだ印刷にはできることが沢山ある。学び、考え、実践せよ。
その例として、今回のこの作品が生まれた。ボクはデータを丸投げして、アート印刷工芸社さんに全てを委ねた。多少の要望は述べたが、基本的に、ほぼ全てがアート印刷工芸社の現場の皆さんの力によって生み出されたのだ。ボクは種をまいただけである。実際に丹精し、ここまで持っていったのは、全てアート印刷工芸社さんである。ボクはこの難題に誠実に対処して、優れた成果を生みだしてくださったアート印刷工芸社さんに感謝している…(後略)
作者プロフィール
フジワラヨウコウ(森山由海/藤原ヨウコウ)
略歴
1965年 広島県福山市生まれ
1991年 京都工芸繊維大学大学院修了
1995年 挿絵画家としてデビュー
個展、他
2001年 大阪府立現代美術センタ一個展『髄路哀のアリス展』
2004年 ミュゼオピクトリコ倉阪鬼一郎氏とのコラボレーション展『A:H』
代表作
『禁じられた楽園』恩田陸/著(徳間書店)
『最後から二番目の真実』フィリップ・K・ディック/著 佐藤龍雄/訳(創元SF文庫・東京創元社)
『落下する緑 永見緋太郎の事件簿』田中啓文/著(創元クライム・クラブ・東京創元社)
『時間のかかる彫刻』シオドア・スタージョン/著 大村美根子/訳(創元SF文庫・東京創元社)
『信玄忍法帖』『外道忍法帖』『忍者月影抄』山田風太郎/著(河出文庫・河出書房新社)
『傀儡后』牧野修/著(ハヤカワSFシリーズJコレクション・早川書房)
『ことのはの海 カタシロノ庭』(SFマガジン・早川書房)
『逆想コンチェルト』奏の1・奏の2(徳間書店)
プロジェクト・チームについて
制 作 | 株式会社アート印刷工芸社 |
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原 画 | フジワラヨウコウ |
印 刷 | 設計:木村 泰清版 :西村 文男 印刷:清水 好信、寺沢 浩進行管理:三木 照夫 |
企 画 | 森下 舒弘 |
プロジェクト・チームに参加して
版担当:西村 文男
私なりに原画「呱呱(ここ)」から「チカラ」的なものを感じ、色の数は無限ですが、黒にこだわり黒を基調に版面上で表現してみました。
鑑賞する角度、場所によっては色の変化が個々に感じられ楽しめる印刷作品に仕上がったと思います。
印刷担当:清水 好信
カラー4色の印刷を担当しました。通常原画(色見本)などに合わせて印刷しておりますが、この作業は当社の標準印刷によるものです。
当社では印刷機メーカーのパイオニアハイデルベルグ社製の印刷機品質管理装置を使用しており、その機械で濃度、ドットゲイン、グレーバランスなどの数値管理をして標準濃度で印刷を行いました。これからは、このような色見本がなく、数値管理などによる印刷が多くなってくると思われます。
印刷担当:寺沢 浩
今回、偏向レッドという今まで印刷の仕事をしてきて使用したことのないインキで印刷をし、「どんな色で用紙に印刷されるのだろう?」「きっちり乾燥するのだろうか?」とわからないことからのスタートでしたが、その分、実際に印刷してでき上がった物を見ると予想以上にうまく印刷できたと思い、自分でも少々満足しています。
この印刷物を、いろんな人に見てもらって、いろんな意見を聞かせてもらえれば、もっと大満足できるかもしれないです。
営業担当:三木 照夫
与えていただいた素材を、どのように料理し味付けするか、よく吟味し、素材本来の味を生かして、蓄積されたノウハウで表現された作品です。
良質の素材に、ごく普通の油性インキを使用したオフセット印刷ですが、見て感じていただいておられると思いますが、そこに蓄積されたノウハウが生かされた作品です。
データについて
画像編集 | ハードウェア・スペックMacPro 2.8GHz Quad-Core Intel Xeonメモリ:5GB 1066MHz DDR3HDD:1TBソフトウェア・スペックMac OS X 10.6.5Adobe Illustrator CS5Adobe Photoshop CS5Adobe InDesign CS5画像データ保存方式(Photoshop形式)psd C.M.Y.K (Japan Standard.icc)最終データAdobe PDF 1.4 (データ容量:170MB)リップPrinergy Ver5.1.2.2CTPKodak Lotem 800 QuantumStaccato FMスクリーン出力 |
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印刷環境 | 印刷HEIDELBERG SM102-5P 5色機HEIDELBERG SM102-ZP 2色機インキ三星インキ:ニューロイヤル極上シルバー、リソーパル偏光レッド大日精化:リソレックス エクシイ プロセス(黄・紅・藍・墨:計6色)用紙五条製紙:ハイマッキンレーポスト 菊判<111> |